その夜、西大洋の海上では、派手な宴会が行われていた。
宴会場は、ドクロ―海賊旗を掲げた小型帆船の一室。
強欲で名の知れた商人の商船を襲い、略奪に成功した海賊達が、酔い、浮かれ騒いでいる。
商人が所蔵していた銘酒のコレクションや、
豪華な食材を使ったご馳走が山のように並べられたテーブル。
その真ん中に陣取り、
両足をテーブルに乗せて椅子にふんぞり返っているふてぶてしい様子の隻眼黒髪の男は、
一番高級な酒をラッパ飲みしながら、仲間達の馬鹿騒ぎを、満足そうな笑みを浮かべて眺めていた。
・・・と。宴もたけなわになったそのとき。
ズズン!!という振動が船を襲い、
それから、ギギギィっという不吉な音を立てて船体が大きく傾いだ。
「うわあああああっ!!」
「な、何だぁっ!??」
「暗礁にでも乗り上げたのか??おかしいな、こんな海のど真ん中で・・・」
海賊とは言えども、皆船乗りである。
口々に罵りの言葉を吐きながらも、甲板の方へ駆け出して行った。
甲板に飛び出した海賊達は、一瞬言葉を失った。
鼻を突く異臭。
暗闇に目が慣れると、月明かりに照らし出された肉塊と、肉片と、
おびただしい血糊がそこら中に撒き散らされているのが見て取れた。
その中央に、異形の影が佇んでいた。
それは山のような大海獣。
しかし、ただのモンスターとは、少し様子が違っている。
目に、はっきりとした意思が宿っているようだ。
その目からは、冷たい悪意が、海賊達に向かって静かに発散されている。
「畜生ッ、この野郎おおおおお!!」
「俺たちの船に手を出した事を、冥土で後悔しやがれ!!!」
仲間の死体を目にして、海賊達が激昂する。
腰に下げた海賊斧や剣を手に構えて、
気の早い連中が、その異形の影に向かって飛び掛っていった。
キン、と閃光が走った。
そして、飛び掛っていった海賊達が、細切れになってその場に飛び散った。
「!!!」
後ろに控えていた海賊達が、一歩下がった。
「冥土で後悔するのは、お前達の方だ」
モンスターが、ぞっとするような低い低い声でそう言って、口を歪めて笑った。
「お前達は神聖な夜の海の静寂を汚した。私は不愉快だ。死を持って償いをしてもらおう」
「ふざけんなあああ!!!」
「返り討ちにしてやらあああ!!!」
「待て!!!!」
飛び掛っていこうとした海賊達を、奥から、太い浪々とした声が一喝した。
立ち止まった海賊達の間を掻き分けて前に出たのは、隻眼黒髪の男だった。
「オレが相手だ」
大斧を構えると、男は単身でモンスターに飛び掛っていった。
モンスターは、にやりと笑うと、先ほどと同じ閃光を放った。
その瞬間、男は真横に斧を一振りした。
「グゲエエエエエエエ!!!!」
奇声を発して、モンスターが一歩退いた。
どたたっ、と、重い音がして、地面に、何かが叩きつけられた。
閃光と共に目に見えぬほどの速さで繰り出されていた触手攻撃。
それを、隻眼の男は見破り、触手を数本ぶった切ったのだった。
たじろいだモンスターを見て、わっと上がる歓声。
しかし、次の瞬間、たじろいだと見えたモンスターは、急激に、倍ほどの大きさに膨れ上がった。
船首にだけかけられた重みで、船が、大きく傾いた。
足を滑らせてモンスターの方に落ちていった海賊達が、細切れにされて飛び散った。
「許しを請えば半殺しで済ませてやろうと思っていたが」
地獄の底から響くような禍々しい声。
「この魔海公フォルネウス様に傷を付けた以上、最早誰一人生きて帰れぬと思え」
モンスター―フォルネウスの巨大化が、止まらない。
中空の月を覆い隠すほどに巨大化したフォルネウスの重さに耐え切れずに、
船は、船首を下にして、最早垂直に近いほどに傾いている。
隻眼の男は、甲板に斧を食い込ませて、振り落とされぬよう仲間たちに指示したが、
フォルネウスがそれを嘲笑うかのように、彼らを触手で一蹴した。
「・・・・!!!」
最早、生き残っているのは、隻眼の男だけだ。
怒りのあまりに噛み締めた彼の唇が切れて、口の端から血が滴っている。
「そうだな、お前は、殺さないで置こう」
フォルネウスはにやりと笑って言った。
「自分のした事を悔いながら、短い余生を過ごすがいい」
そう言うと、フォルネウスは触手を伸ばして、ずぞぞっ、と隻眼の男に近寄った。
そして、巨大な口をばかっと開けると、
男の右足を、食いちぎった。
「―――ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
男が上げる断末魔の悲鳴に、高らかに響くフォルネウスの嘲笑が重なった。
その瞬間、船は垂直に海に突き刺さり、西大洋の真ん中に静かに沈んで行った。
はっと、男は飛び起きた。
そして、体中を襲う痛みに、顔を歪めた。
「だいじょおぶ?いたいの??」
傍から、幼い声が聞こえた。
「おかあさあん、おじいちゃん、おきたよ!!」
ぱたぱたと去っていく足音。
顔をそちらに向けると、向こうから南国の原住民らしき女が歩み寄ってきた。
足元に、小さな女の子がまとわりついて、興味深そうに隻眼の男を見ている。
「大丈夫ですか、ご老人。貴方は、砂浜に倒れていたのですよ。
―そんな酷い怪我をして、命があるのが不思議だってお医者様がしきりに仰ってました。」
老人?俺はそんな年じゃない。
男は、言い返そうとして口を開きかけたが、
体を突き刺すような痛みに、うめき声を上げた。
「!大丈夫ですか!?無理しないで、もう少し寝ていたらいいわ」
女が、隻眼の男をそっとベッドに横たえた。
「・・・ありがとう」
そう言って、男は我が耳を疑った。
――なんだこのしわがれ声は?まるで、老人のそれじゃないか。
怪訝な顔をしている男を、痛みに耐えているのだと勘違いした女は、
医者を呼んでくるから、と言い残して、部屋から出て行った。
後に、ぽつんと、女の子が残った。
「・・・じょうちゃん。」
「なあに?」
「このおうちに、手鏡はあるかい」
「うん、あるよ」
「それをちょっと持ってきてくれないか。」
「いいよお」
ぱたぱたと女の子は走っていって、手鏡を手にすぐに戻ってきた。
「これ、おかあさんのだから、だいじにしてね」
はい、と手渡された鏡をそっと覗き込んで、男はぎゅっと目を閉じた。
「ありがとう、じょうちゃん。」
鏡を返して男がそう言うと、
女の子はにっこりと笑って、鏡を戻しに行った。
それを見送って、男は顔を両手で覆った。
ああ、俺は本当に老人になってしまったのだ。
その鏡に映っていたのは、
以前の精悍な面影のどこにも無い、
白髪の、しわだらけの男の姿だった。
To be continued
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