隻眼の男――海賊ブラックが西大洋への玄関であるグレートブリッジに流れ着いて、2年が経とうとしていた。
善意的なグレートブリッジの原住民達の手厚い看護により、ブラックは自身の力で生活をできるようになっていた。
元海賊でありその船長であった彼は、船に関する卓越した知識と技能を持っていた。
それを利用して、原住民達の船を直してやり、
引き換えに食料や衣類をもらったりして傍目には穏やかな生活を送っていた。
しかし、もちろん彼は、何一つ忘れたわけではなかった。
仲間を皆殺しにし、船を沈め、自分の右足と共に若さ――生命力を奪っていった、
憎い魔海公フォルネウスに、いつかこの手で一太刀あびせてやる。
桟橋から遠い西大洋を睨み付けながら、ブラックは、そう日々新たに自分に誓い続けた。
その目標を達成するには、自分ひとりの力ではとても無理だという事を、彼は嫌というほど分かっていた。
かつての仲間よりも、自分よりも強い冒険者のパーティーに出会い、
フォルネウスの住処まで共に行かない事には、話は始まらない。
そこでブラックは冒険者達をこのグレートブリッジ近辺に呼び寄せるために、
自分の隠した財宝のありかを金と引き換えに教えてやる、という手段を講じた。
財宝のありかである洞窟には、トラップがしかけてあり、モンスター達がうようよといる。
弱いパーティーならば一目散に逃げ帰ってくるだろう。
しかし、それを難なく超えられるパーティーならば、戦闘力は問題ないはずだ。
あとは、フォルネウスの情報を彼らに教え、フォルネウスに出会った場所へ誘導し、共に戦えば良い。
自分の生命は、あまり長くはもたない。ブラックには、そう分かっていた。
だが、憎いフォルネウスを倒すためなら、それをすべて使い切っても構わない、彼はそう思った。
ブラックは、老いた体をいたわるどころか、日々酷使し続けた。
自分の財宝のひとつであった仕込み杖を取りに洞窟へ単身で出かけ、死にかけながらそれを手に戻ってきた。
そして、その杖を使った攻撃の鍛錬に勤しみながら、
また、一方で、冒険者達からせしめた金で通りすがりの商人から廃棄寸前のボロ帆船を買い取り、
それをこつこつと修理し、いつか西大洋に乗り出す時の為に備えた。
さらに一年が経とうとしていた。財宝の洞窟を攻略するパーティーは、一つも現れなかった。
皆、口々に罵りの言葉を吐きながら命からがらグレートブリッジから逃げていった。
ブラックは、それでも諦めなかった。
ただ黙々と、内に宿る憎しみと復讐心を糧に、日々を過ごし続けた。
そして、一年が過ぎたある日。
いつものように、ブラックは冒険者達に声をかけるために桟橋に立っていた。
船着場に船が入り、ぞろぞろと乗客が降りてくる。
――その中に、一際目立つ青年が居た。
金髪碧眼。長身痩躯の、二枚目だ。
しかし、ブラックの目を引いたのはその点では無い。
隙の無い身のこなし。油断無く辺りを探る鋭い目。
それらが、その青年が只者ではない事を雄弁に物語っていた。
彼を筆頭にした集団が、ブラックの方へやって来た。
「ブラックの財宝のありかを知りたくないか?100オーラムで教えてやるぜ」
いつものようにそう声をかけると、彼は、意外な言葉を口にした。
「ご老人。ブラックの財宝の中に、オリハルコン製のイルカ像があったという話をご存知か?」
「ああ・・・聞いたような気がするが、それがどうしたんだ?」
「バンガードという都市を動かすのに、それが必要なんだ。魔貴族、フォルネウスの住処へ行くために。」
ブラックは我が耳を疑った。
まさか、他人の口から、その名を聞く日が来るとは。
しかも、彼らは目的地まで行く、とさえ言っているのだ。
こんな話を逃す手は無い。
「そうか。分かった。金は要らない。その代わり、ワシをお前らの仲間に加えてくれ
そうすればお前らをイルカ像のところまで案内してやる」
唐突な要求に、動揺し、お互いの顔を見合わせるパーティー。
「分かった」
しかし、ブラックに話しかけた青年は、うろたえもせずに一つ返事でそう答えた。
ブラックは、彼の顔をまじまじと見つめた。
金髪碧眼のその青年は、何か、曲げる事の出来ない強い芯を体の奥に持っているような、そんな顔をしていた。
気に入った、と、ブラックは思った。
俺はきっとこの男をずっと待っていたんだ、と。
財宝の洞窟を、ブラック/ハーマンの誘導によってトラップを回避しながら進むパーティー。
その最中に遭遇した幾多のモンスター達も、彼らにとっては何の障害にもならなかった。
あっさりと目的のイルカ像を手にした彼らは、一息付く間もなく、次の日にはバンガードに向かって旅立った。
もちろん、ブラックも彼らと共にグレートブリッジを後にした。
パーティーの連中は当初ブラック/ハーマンをお荷物扱いしていたが、
財宝の洞窟での戦闘で、彼が半端じゃ無い場数を踏んでいる事を感じ取ったらしく、
徐々に、ブラックを戦闘員、つまり仲間として受け入れ始めていた。
唯一、ずっと態度が変わらなかったのは、例の金髪の青年だった。
態度自体には礼節があり物腰も柔らかなのだが、
彼が他者との間にある一定の距離を保ち、ブラックだけでなく、誰とも深く関わろうとしていない事に、ブラックは気づいていた。
――彼がロアーヌ侯ミカエルその人だという事は、パーティーの一員であるウォードというおしゃべりな男から聞いた。
場末の酒場のカウンター。
その喧騒の中で、彼―ミカエルの、これまでの生い立ちや何かも、酒の多分に混じったウォードは、聞きもしないのに事細かに教えてくれた。
妾腹の子供であるミカエル。
その彼が領主として育てられるのをこころよく思わない連中に、
幼い時分からどれ程命を狙われ続けてきたか、という事を、ウォードは切々と語った。
「だからさ。あいつは、誰にも心を許したりなんかしねえんだよ。
信用はしても、信頼はしない。自分以外に、信じるものなんか無いって腹さ」
ふん、とウォードは鼻を鳴らして、一気に酒をあおった。
「――全くなあ。俺は恨むぜ、あいつをあんな風にガチガチの堅物にしちまった運命って奴を。
あいつはただでさえ根っから生真面目なのに、
政敵に後ろ暗い所を見せないようにって、もう完璧じゃないと気がすまないってレベルまでいっちまってやがるんだ。
おかげであいつは自分の事なんかろくすっぽ考えてやしない。やる事なす事、全部国の為、妹の為ときたもんだ。
あんな風に四六時中『何かの為に』、なんて気を張って生きてたらさ、そのうちポキンと折れちまうんじゃないかって、俺はそれが心配なんだよ。
全く、一体あいつは自分の人生を何だと思ってるんだろうなあ?」
最後の方は、ウォードは、隣にブラックが居るのを忘れて、グラスに向かって意見を求めていた。
「・・・運命、ねぇ」
ブラックは静かにグラスを傾けながら呟いた。
確かに、環境が彼の性向をそうさせたという意味では、運命論にも一理あるのかもしれない。
だが、たとえ同じような境遇に置かれても、彼のようにならない人間だっているだろう。
だから、少しだけ、ブラックは運命という言葉に違和感を感じていた。
自分なら、それは、性分、という言葉で全部済ませてしまうだろう。
今自分が仲間と自分の敵討ちの為に全てをなげうっても構わないと考えているのは、それが運命だと思っているからではない。
単純に彼の性分がそうさせているのだ。
そう考えたときに、少し、ミカエルと自分が、似ているのかな、と、ブラックはふと思った。
「ただ不器用なんだろ、きっと」
暫くしてからそう声に出して言ってみたが、返事は無かった。
横を見ると、ウォードはカウンターの上に突っ伏して、いびきをかいていた。
ブラックは、しわがれた声で少し笑った。
To be continued
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